2005年10月 第126冊
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徳永真一郎 『影の大老』(上下) 光文社文庫
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長野主膳を主人公にした、幕末を井伊家からみた長編時代小説。
著者は近江(滋賀県)に縁ある人のため、近江に随分肩入れした内容に
なってしまっているのだが、私も近江に縁があるのでこの辺はちっとも
気にならなかった。
いいぞ!近江!って感じ。
幕末維新モノとしては、どうしても西郷や竜馬など、
変革者たちからの熱いストーリーが持て囃されるが、
老木の倒るるを存続させるパワーの方がよっぽど大変。
吉田松陰をはじめ、幕末の重要人物の多くを葬った安政の大獄、
その主犯格として井伊直弼とその腹心長野主膳は多くの作家から悪者として
描かれているが、ちょっと待てよ、と考えて見るのも面白い。
歴史が面白いのは、こういった是を是と見ずに、
反対側から考察できる可能性を持ち合わすからだ。
井伊直弼にしろ長野主膳にしろ、何も日本を
駄目にしたくて行動していたわけじゃない。
また、自分たちの地位を安寧し続けたくて政治を
握り続けていたわけでも無い。
幕権の保持と尊王の両立、黒船との外交と外様雄藩との攻防。
様々な状況に翻弄されつつ、強烈な信念を持ち合わせたばかりに
強硬な政策「安政の大獄」という結果に至る。
そして「桜田門の変」。
面白いエピソードとして、「桜田門の変」があった朝、
井伊直弼が登城する前の不思議な現象が描かれている。
登城しようとするのに、直弼の愛犬が着物の裾を噛んで離さなかったとか、
何度結っても髷が纏まらなかったとか。
極めつけは、登城道程に暗殺者がいるので注意しろ、という投げ文が。
ところがこの投げ文を直弼はみずから握りつぶしてしまう。
慎重である事と臆病とは違うことだと思った。
直弼の死をも恐れぬ行動が、幕府滅亡への道へと続いていった。
歴史って、皮肉よのぉ。