2006年04月 第172冊
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吉田秀和 『音楽 展望と批評1』 朝日文庫
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音楽批評の大家・吉田秀和の1969年から1973年の評論集。
昔と云っても、1913年生れの吉田氏はこの時五十台後半。
後年の自由闊達な仙人のような文章を予見させる。
若々しいものの見方、そして年齢を超えた美しい文章。
この方の文体はホント美しい。
クラシック・ファンというものは実に回顧的な人間で、
昔の名演奏に非常に憧れを抱く。
今ならラトルがベルリン・フィルを従え、ヤンソンスがニューイヤーを
振るまでになっているのだが、ちょっと前ならクライバー、もう少し前なら
バーンスタインやカラヤン、チェリビダッケが、そして本書の季節には
ムラヴィンスキーがレニングラード・フィルと来日して云々とあるんですなぁ。
こう考えると、どう考えても昔の方が美味しい。
ラトルやヤンソンスが数十年後羨望されるとは思われない。
しかし、カラヤン、バーンスタイン、チェリビダッケ、クライバー、
ムラヴィンスキーなどは永遠に愛聴されてゆくだろう。
その頃の批評ができた吉田氏は、対象そのものが恵まれていた、と言える。
現代でも、ギーレンやスクロヴァチェフスキー、コリン・デイヴィスなどは健在だ。
ちょっと前までは、ヴァントやザンデルリンクもいた。
だからいつの時代も、真の芸術家は存在するのだが、彼らを見つめているかが
重要なのだと、この本は教えてくれる。
本書を読んで、時代を感じた点を幾つか。
新国立劇場建設計画が触れられている。
この頃は国立管弦楽団建設要望や、国立オペラ座創設が要望されていたようだ。
また、グールドの特異な演奏スタイルや、ホロヴィッツの復活、
ロジェストヴェンスキーの演奏に品が無いとか、いろいろ笑える話も多い。
同書は全3冊なので、ゆっくり読んでいきたい。