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2008年07月 第281冊
山本文緒  「プラナリア」  文春文庫

山本文緒  「プラナリア」  文春文庫

平成12年下期、直木賞受賞作品。
重松清の「ビタミンF」と同時に受賞している。
本書は表題作(約50ページ)ほか全5編からなる短篇集。

プラナリアとは、ウズムシとも呼ばれる茶色いナメクジみたいな
極小動物で、最大の特徴は再生能力。
2つに切れば、再生して2つのプラナリアが出来る。
ある学者がプラナリアを100に分割(メッタ斬り)すると、
100のプラナリアに再生してしまったと云う。
また、水質が悪化すると溶ける性質を持ち、水質指標にもなるという
(出典:ウィキペディア)。

全体に感じることは「暗い」こと。
山本文緒作品はそもそも少し暗いが、読み易い文体や構成、
観察眼の鋭さや面白さもあって、読ませる。
しかし本書は、表題作が乳癌を治療した若い女性の心を
中心にしているので、どうしても逡巡した流れになっている。

乳房を切除し、プラナリアのように自然再生できたら
どんなにラクだろう。

乳癌の手術は成功するが、いつ再発するかと怯え、
再発に用心して精神的にも肉体的にも苦痛を伴う抗がん剤を
月に一回は打たねばならない。
年下の彼氏と、治療中の看護もありがたかったが、
術後の闘病から立ち直れ無い彼女との溝が深まっていく。

完治した、とどこにも保障されない日々を生きて
行かねばならない若き女性の焦燥感が抜群に描かれていて、
それがどうしても作品を暗鬱としてしまう。
山本文緒のサッパリした文体をしても。

離婚して2年、いつまでも立ち直れない女性が出会った
昔の男性ダメ社員との交流を描いた「ネイキッド」。
夫はリストラされ、女子高生の娘は家出、大学生の息子は
そんな非常事態をちっとも理解せず遊び呆けようとする。
そんな家庭でも、深夜スーパーでレジ打ちバイトをする
母親が主人公なのが「どこかではないここ」。
スーパーの不良社員に、主人公がホテルに連れ込まれるシーンは
手に汗握るが、そこからがさすが肝っ玉母さん。
この一件より、彼女は変わっていく。
この短篇はかなり面白い。

親の仕送りで心理学者目指して勉強に打ち込む男子大学院生と、
心理学専攻を活かして企業で必死に働く女性のカップルを描く
「囚われのジレンマ」。
親のすねかじりの癖に、7年に及ぶ交際のすえ男性は求婚するが、
何かが違うと答えが出せない女性。
このやりとりも絶妙で、現実感がとても出ている。

「あいあるあした」は居酒屋のオヤジを主人公とした異色作。
女性を描くことにたけている著者だが、どうしてどうして、
オヤジの心も見事に描く。
周囲の女性や娘の描き方も手堅いだけに、ほんとうに旨い作品。

しかし読後感はどうにも爽やかではない。
なんだか、どんよりした気分。
5つの短篇はとても面白いだけに、この全体の印象との齟齬が、
なんだか不思議。






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