2008年12月 第309冊
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清水多吉 「ヴァーグナー家の人々」 中公新書
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副題「30年代バイロイトとナチズム」
クラシック・ファンからしてみたら、本書の核心部分である「バイロイト音楽祭史」と
した方が適格だし、ヲタクなら手が伸びる題名だったのではないか?
楽匠ワーグナー(本書ではヴァーグナーですが、一般的に呼ばれているワーグナーで
私は書きます)自体の伝記で無く、その伴侶コージマ(フランツ・リストの娘)でもなく、
ワーグナーの死後、コージマの晩年、ワーグナーの子息ジークフリートや
その妻ヴィニフレッドを中心とした1930年代を中心にしたバイロイト史。
非常に、おもしろい。
コテコテの音楽史学者が書いていないからかもしれないが、著者は
立正大学教授であり、学者だけあって文章は硬い。
しかしながら、相当なワグネリアンであり硬骨漢だって事は伝わってくるし、
ドイツ第三帝国の魔王ヒットラーがワーグナー家に絡んでくる経緯など非常に興味深い。
更にこの後登場する指揮者フルトヴェングラーを冷静に描いてはいるものの、
フルヴェン好きいかんともしがたいようで、著者の滲み出す愛情はいじらしい。
この描き方、とても良い。
ワーグナー死後、バイロイトにワーグナーの音楽だけを演奏・上演する劇場にて、
音楽祭は続いてゆく。2代目は妻コージマ、3代目は長男ジークフリート。
しかしジークフリート早世後は、その妻(女傑)ヴィニフレッドが4代目となり、
バイロイト音楽祭とナチスが急接近してゆく。その辺の過程や、
指揮者フルトヴェングラーやトスカニーニとのすったもんだ。
ヴィニフレッドの長女フリーデントが出奔(トスカニーニが手助けしパリで受け止め、
ナチスの連れ戻し作戦から逃れ、アメリカへ脱出!)するあたりは、
まるで少女漫画や大河小説の素材にでもなりそうな逸話。
本書はドイツ敗戦で終わるのでなく、その後5代目ヴィーラント(ワーグナーの嫡孫)、
6代目ヴォルフガング(ヴィーラントの弟)の70年代までを語り、
ワーグナー一族の愛憎を活写。
非常に面白く出来た新書。
クラシックが好きな人でないと、面白く無いかもしれないが・・・。