2010年07月 第386冊
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井沢元彦 「忠臣蔵 元禄十五年の反逆」 新潮文庫
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赤穂事件(史実)と忠臣蔵(台本)を区別して考察すると、
こんなにも新発見が出てくるという非常にユニークで意欲的な快作。
面白すぎる。
劇団座付き作家を主人公に、赤穂事件や忠臣蔵を研究する3人組が
討議研究してゆく形式で話は進む。
主人公である劇作家がナゼか狙われていて、彼が誰に襲われ続けているのか?
というミステリーを無理矢理絡ませているのが、全くもって失敗なのだが、
それを差し引いてもこの本は面白い。
忠臣蔵を当然のように観、それを史実として様々な外伝まで読んできた私としては、
根底が覆されたのにも関わらず、心地いい知識欲が満たされるような読後感。
そもそも吉良上野介は本当に浅野にイジワルをしていたのか?
殿中切り付けは正当な流れだったのか?
大石内蔵助は事件後幕府に顛末を記した書類を提出するが、なぜ
浅野が吉良を斬り付けたのか詳細な理由を書かなかった(書けなかった)
のはなぜか?
吉良のイジメは数々の忠臣蔵(類似本)でこれでもかと描かれているが、
果たしてそれは真実なのか、忠臣蔵の受け売りに過ぎないのではないか?
殿中抜刀はそれだけで大罪である。
浅野切腹までの謹慎中、浅野は平然としており茶漬け2杯に留まらず、
タバコや酒まで所望していた。
これは豪胆で肝の据わった武士と考えるのか、精神異常的な行動と捉える
べきではないのか?殿の無念を晴らすのなら、たとえ殿やお家の恥を
忍んででも、吉良の卑怯を書き立てるべきであるのに、
なぜそこは書かれなかったのか?
以上は、ほんの前半に過ぎない取っ掛かりなのだが、このように「なぜ?」
という素朴な疑問を信用できる資料から紐解いていく過程で、
真実と想像せざるを得ない事象が浮かび上がってくるプロットが見事。
もちろん本書は推理であって、絶対そうだとも思えないが、
限りなくそうだったんだろうなと思わせるだけでも大成功している。
歴史を引っ繰り返せば、いろんな真実が透けて見えるという好例。