2010年07月 第391冊
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藤沢周平 「海鳴り」上下 文春文庫
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上巻前半では、「こりゃ藤沢作品としては中の下だな・・・」と
早合点してしまった。ところがどうだろう、上巻中途から読む手が止まらない。
もうちょっと読もう、もうちょっとだけ・・・と読む手が止められないのだ。
しかも私としては滅多にしない、結末が知りたいばかりに飛ばし読みまで
してしまった。もちろんキッチリと、そのあと全ページを読み直したのだが、
これは楽しい読書だった。
紙問屋の寄合(会合)が引けたシーンから物語は始まる。
主人公は丁稚から叩き上げで中堅問屋にまで成り上がった中年の商人。
四十も半ばも過ぎ、老いをひしひしと感じ出している。
町人の人情モノかな・・・、それにしては上下二巻と
どうやって話を綴ってゆくんだろう?
ところがこれがサスペンスになってゆくんですね。
実にスリル溢れるサスペンス。
人妻との不倫に陥ってしまった主人公。
江戸時代の不倫は、見つかれば死罪という命懸けの恋。
遊びで済まされないことなんです。
短篇だったら真っ暗な闇に向かってゆくラストで
終わりそうな話なんだけど、上下二巻と主人公や登場人物たちと
時を過ごしていると、いつしか二人には幸せになって欲しいと
思う自分になっている。
千住から水戸に向かう二人が、どうか無事に辿り着けますように
と思いつつ、ページを閉じている読み終わりだった。
藤沢作品はときどきハズレも感じていたが、こういった作品に出会うと、
やっぱ片っ端から読み尽くさないとな、と思い直してしまう。