2010年09月 第408冊
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杉本章子 「写楽まぼろし」 文春文庫
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田沼意次から松平定信にかけての江戸期。
地本問屋(出版社)として新商法の限りを尽くして、
当時席巻した蔦屋重三郎が本編の主人公。
当時の人気俳優中村仲蔵の援助を得て、絵草子屋を
吉原大門の前で開いた先見の明。
開業したはいいけど、普通の絵草子だけ売ってても
酔客や遊び人が店を冷やかすだけ。
蔦屋が目論んでいたのは、ここで吉原細見、
今で言う遊女の情報雑誌を売れば当たるというアイデア。
吉原細見は既存店で販売されていたが、吉原とは
関係の無い他所の大店やその系列店ばかり。
吉原の出入口で売れば売上倍増となるのに、誰も気付いてなかった。
野球場の出入口付近で、選手グッズを売ればいいのと同じ手法だ。
得てしてヒット商品というのは、誰かが成功した後で
「考えてみれば当たり前の事だった」
と誰もが納得することが多いが、これが意外と難しい。
蔦屋は他に、次回予告を巻末に載せることも始めている。
この蔦屋が本当に凄いのは、無名の新人を発掘するプロデュース・パワー。
あの歌麿や写楽を世に送り出したのが、この蔦屋なのだ。
本書では他にも、恋川春町、大田南畝、平賀源内、山東京伝といった
天明期の芸術家が生き生きと描かれる。
源内や南畝が作中で描かれているとおりの人だったら幻滅だが、
著者なりに調べ上げた挙句なんだろうから、近からずとも遠からずやなのか。
終盤で写楽の謎が明らかになる流れがゾクゾクする。
それまでの小さなエピソードや、差して気にならない小さな疑問が
一気に関連付いて行って
「なるほど、そう考えれば、そういった可能性もあるわな」
と思わせる。
まさに著者の術中に嵌っていく瞬間、読書の醍醐味が堪能できる。
時代物が好き、でも武家ものや人情噺でもなく、
江戸期の芸術家に光を当てた、少し変わったものが読みたい。
そんな本に出会いたい人は、これはピッタリです。
杉本章子、本当に才能がある。