2012年12月 第552冊
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池波正太郎 「鬼平犯科帳14」 文春文庫
本巻には名作と誉れ高い「五月闇」が収録されている。
伊佐次という密偵が斃れる回なのだが、鬼平が枕元で語る遣り取りや、
ラストの五月闇に向かって、つぶやくシーンが泣かせる。
ふつう主要メンバーが大怪我をしたって、ギリギリのところで
「峠を越えるのが今夜が山場」とか医者が言っても、結局は助かる結末が多い。
しかし伊佐次は、ギリギリの線を彷徨った挙句、捕り物も無事終わった影で
ひっそりと死んでゆく。
そのエピローグの描き方がサラリとしつつ、絶妙な余韻を残している。
このギリギリを描いた挙句に、死なせてしまったところが現実的で、
鬼平たちが常在戦場にあることを、よく描けている。
同時並行で読んでいる「御宿かわせみ」は、同じ第14巻でも
ストーリーがグングン成長しているが、本書鬼平はすっかり安定期に入り、
かわせみほどの驚きや目新しさは無い。
それだけに主要メンバーを死なせたり、
兎忠(兎にそっくりな同心忠吾)そっくりな盗賊を登場させるなど、
ありがちながら、使ってこなかった手を出している。
十分面白いんだが、「前巻同様」という範疇にあり、
こういった状況打破のため、文庫本第15巻で特別長編(雲竜剣)と
変容するのかもしれない。
くれぐれも誤解なきよう付け加えるが、
面白いことこの上ない犯科帳であることは、本巻も変わりない。