2004年05月 第10冊
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南條範夫 「飢えて死ね!」 新人物往来社
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著者八十歳代の短編集。
私の大好きな文明開化モノです。
古くは源平合戦より、近代は幕末維新を読み尽くしてくると、
どうして明治時代以降は作品が少ないんだろう、と素朴な疑問が生じてくる。
例えば忠臣蔵の吉良上野介、例えば戦国期の明智光秀や石田三成。
こういった人々をどんなに赤裸々に悪人として描いても、名誉毀損を訴える人は少ない。
しかし明治・大正期の華族や政治家のスキャンダルを掘り下げて書き込むと、
彼等の子孫が現代の大物だったりするのである。
著者もそのへんは随分苦労してデリケートに扱っているが、明治の裏話は
あまり出回っていないだけに初めて知った話ばかりだった。
本書では、「陸軍大将・立見尚文」「戸田伯爵夫人極子」「下田歌子」「西郷従道」
「M侯爵家長女加世」などの明治の裏話と幕末動乱期の短編9篇を収録。
異色作は「殺人者の死」であろう。
主人公は女性に絶大な人気を誇る「沖田総司」なんだが、
彼が死病に臥せり病床で独り雑念を想う形態を取っている。
しかし此処で書かれている総司のなんともオゾマシイ煩悩よ。
総司ファンが読めば怒り心頭かもしれないが、
こういったアマノジャクな観点は南條節の独壇場だ。
でも、もしかしたら総司はこう考えていたのかもしれないし、
同じ男としては総司もこうだった事を望む。
ドラマなどでは総司は美しく爽やかに描かれ過ぎており、どうにも実在感が薄い。
NHK大河ドラマも少しはこの発想を参考にして欲しい。
人間死ぬときは、こうなっていっても可笑しくないさ。
文庫化を切に願う。