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2012年05月 第518冊
松本清張 「黒地の絵」 新潮文庫
松本清張 「黒地の絵」 新潮文庫

傑作短編集(二)、現代小説の第2集。
松本清張の新潮文庫冒頭6巻は傑作短編集(全6巻)で始まっており、
1・2巻が現代小説、3・4巻が歴史小説、5・6巻が推理小説と
纏められている。

傑作短編集(一)『或る「小倉日記」伝』があまりに面白く、
むかし読んだ短編集(五)「張込み」も面白かったので
何の衒いもなく本書を読み始めたが、この短編集は
各編の出来に差がある。

これまでもが傑作か?と思う短編まで混じった玉石混淆集。

私が気に入ったのは表題作より、「装飾評伝」と「真贋の森」。
どちらも美術界を描いたもので、前者はある天才画家と
その友人夫婦を描いたノンフィクション風。

ここで採り上げられた名和薛治という天才作家は、
実在しているように徹底されており、そのリアリティの構築が凄い。

後者は贋作つくりをプロデュースする主人公と画商、
そして無名の日本画家。

主人公が画商に金を出させ、無名ながら贋作の天稟を
持った日本画家を仕込んで、どこからどうみても
本物そっくりとしか言えない贋作を作り上げてゆく。

日本画の恐ろしいところは、ある作家がどれだけの作品を
残しているのか判らない点。

スケッチ先で世話になった旅館に、一枚贈呈しているかもしれないし、
長期滞在した庄屋の家に、数点作品を残しているかもしれない。

絵というものは、ちょっとしたスケッチでも一つの作品だから、
油絵でコッテリ完成していなくても、作品と言えば作品なのだ。

だから、ある画家の全作品がどれだけで全て、と断定することは
無理に近い。しかもそれが江戸時代となるともう無限。

そこで現代の目利きが鑑定するわけだが、
画家の特徴からタッチや時代考証など様々な背景を考慮する。

しかし老舗画商や大学教授が、いつでも完璧に鑑定できるわけではない。
逆に、その鑑定技法を熟知している者に悪用されれば、
この短篇主人公のように贋作製造に落ちてしまう。

こう読んでくると、現在名作と歌われている数点も、
贋作が紛れ込んでいるかもしれない。

モーツァルトの交響曲なんかも、永らく贋作が紛れ込んでいて
最近判定された作品なんてのもあるしね。

正統な藝術を尊ぶのもいいけど、名も無き絵描きが
不遇した現世にしっぺ返しした贋作を辿ってゆくのも面白い。

種村季弘が「贋作者列伝」や「偽書作家列伝」を書いており、
こういった系統の本も面白いかもしれない。






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