2006年02月 第163冊
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結城昌治 『指揮者』 中公文庫
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12編の短編・ショート・ショート集。
この人は初めて読んだのですが、直木賞作家。
年輩の方なら懐かしい人かもしれませんが、昨今の書店では
消えかかっているミステリ作家かも。
私はご想像のとおり、本書の題名一筋で手にとって見たのですが、
この「指揮者」という短編は苦笑しつつも楽しめる作品。
日本の権威ある指揮者が主人公で、あるとき、トイレで楽団員たちが
指揮者の評を話し合っているのを盗み聞きするところから話は始まる。
仮にも指揮者になって、中堅大物の指揮者にまでなる人なんだから、
こんな噂話くらいでここまでヤキモキするのかなぁ、というのが実感なんだけど、
この指揮者がその噂話を基に妄想がどんどん膨らんでゆく流れが可笑しい。
少し筒井康隆的。
この指揮者はとうとう、自分の存在意義を確かめたくなって、演奏途中で
指揮棒を止めてしまったら、演奏も即時ストップするのかどうか、
試したくなって堪らなくなってしまう。
クラシックのコンサートというのは、実際の演奏もさることながら、
それまでの練習・リハーサルが重要で、ここで大方の演奏の道筋が固まっている。
であるから、演奏会当日というのは、敢えて指揮棒を寸分たがわず見逃すものかと
見つめ続ける必要は低く、要所要所で指揮者を確認するのが一般だと思う。
そこら辺に、この指揮者は自分の存在意義に不安を感じ始めちゃったんでしょう。
この指揮棒が振り回されていようが、止まっていようが、音楽は予定通り進んでゆく。
モーツァルトやハイドンだったら、確かにそうだろうと思う。
ラストは、少し哀しい結末になっています。